【忘備録】高校生の時に思っていたアウトドアに対する価値観

徒然と忘備録

筆者とら、山岳部に入る

当時高校生の私はとにかく生まれ育った街を出たかった.というか自分自身の知っている行動半径が狭すぎることに辟易していた.中学生までは毎日が変わり映えしない同じ環境.自分の行動半径から出られるのはなけなしの小遣いで友人と電車で遊びに行くか,家族と出かける時くらいだっただろう.

しかし高校生となり,転機がやってきた.それは高校の山岳部に入部したことだった.当時の私が山岳部に入った明確な理由などなかったが,見知らぬ土地に行ける手段と成り得ると潜在的に思っていたことが大きいかもしれない.

山岳部と言ってもその活動の実態は今になって客観的に評価すると「ワンダーフォーゲル部」だ.ロープワークは教わらなかったし、バリエーションルートに行った訳でもない.(ちなみに山岳部の他にワンゲルもあったがそちらは「自然散策」といった具合だった.)蛇足だが,当時の山岳部とは活動内容がかなり変わりボルダリングと競技登山が主な内容となっているらしい.

しかしながら高校ながらも山岳部が山荘を所有していたことや,アルプスのテント泊縦走を経験できたこと,人生初めてのボルダリングやスキーを体験させてもらったこと等…得られた経験は計り知れない.これらは間違いなく今の私を形成する礎となっている.

山岳部の同期たちと.高島トレイル寒風にて

高校生の資金力

高校生の価値観や価値基準を決定付けるのは何だろうか.私はその一つが資金力であると思う.当時のお小遣いは高1で3000円,高2からは5000円.各家庭によっても違うかもしれないが割と平均的なものだったと記憶している.

この額では当然遠征費用や基本装備のシューズとレインウェアは捻出できないので別にその都度両親に出してもらっていたが,山で必要な細々した道具は小遣いから出していた.と言っても購入できたのは食器やクッカーくらいだが(笑).大半が友人との交際費なんかで消えていた.

その他山で必要なザック,寝袋,テント,バーナーなんかは部の共用装備があったので有難いことに意外とどうにかなった.同期とモンベルに行ってもこんな高いバーナー買えねぇよと話していたものである.

野暮ったいが有難かった装備たち.今も活躍してるのか?

山岳部の活動

となると必然的に山に行ける機会は山岳部での活動のみ.そもそも何かと学校行事やら大学受験やらで年中忙しい高校で山岳部くらいしかフィールドに出る機会がなかったとも言える.実際の山行は以下の通り.月に1回程どこかに行っていた形だ.近場の日帰りできるような山であってもテント泊という形式は死守していたので顧問の先生には頭が下がる.高3は大学受験もありほとんど山には行けていない.

高1(2014年)

6/28~29:山荘
8/12~15:夏合宿(上高地~槍ヶ岳~新穂高)
9/13~14:伊吹山
10/20:赤目四十八滝
12/26~28:スキー合宿(栂池)
1/24~25:積雪期金剛山
3/26~28:春合宿(山荘周辺を縦走)

高2(2015年)

4/12:大阪府チャレンジ登山大会 完歩
4/25:新歓ハイク(六甲山)
7/11~12:山荘
8/7~11:夏合宿(北岳~間ノ岳~農鳥岳)
9/12~13:弥山&八経ヶ岳
10/10~11:山荘
12/25~28:スキー合宿(栂池)
1/23~24:積雪期赤坂山
3/26~28:春合宿(山荘周辺を縦走)

高3(2016年)

4/24:新歓ハイク(六甲山)
5/28~29:新歓山行(大普賢岳)
7/9:山荘

高校生の行動力と行動半径

実は上記の山行の行き先は部員で計画したものではない.顧問の先生におんぶ抱っこだったというのが実際の所だ.当時この受け身な姿勢に私たちは何も疑問を感じていなかったが,高2の最後くらいに顧問の先生に言われてハッとした.「計画って本来1から10まで自分でやらなあかんねんで.」

よく考えたら,どこにどういう山があるかも満足に知らない.故に行きたい山が何かすら分からない.根本的に主体性が大幅に欠落していたのだ.今思うと笑うしかないし,山岳部出身であることを名乗るのが恥ずかしいくらいだ.

食糧計画やら装備の確認は学生に一任されていた.
ちなみに昼の行動食はこれ以外は個人が持参(笑).

一方で当時の私はとにかく自分の足が1つもないことにウズウズしていて,高2の正月のお年玉で大金はたいてエントリーモデルのロードバイクを購入している.淡一や琵琶一は早々に済ませたし,葛城山のHCや和歌山の海岸線を長々と走ったり,40km近く離れた高校にわざわざロードバイクで通学したりした時もあった.つまり本来,主体性はあったはずなのだ(笑).
(何故か登ってもないのに2015年の乗鞍の山と高原地図がある.今思い返すと乗鞍HCと焼岳に行きたい構想はあったのだが遠征費用が捻出できずに断念したのを思い出した(笑).)

和歌山の白崎海岸

つまり冒頭の導入にあるように,「見知らぬ場所へ行く」ということが当時の本質だったのかもしれない.高校生程度の財力でしかも毎日の学業がそれなりに忙しいなら個人で山に行くよりはロードバイクに乗っている方がよっぽど活動にバラエティーの幅がある.

しかし山岳部の活動がなかったら今の私はなかったということも付け加えておこう.特に高1の槍ヶ岳はアッタク当日が悪天で穂先へ登れなかったとはいえ,アルプスの景観は価値観が上書きされるくらい感動的だったし楽しかった.あの合宿がなければ今の私は山には行ってないと思う.

槍沢にて

まとめ

結論として,高校生は少ない財力と時間が密接に活動に関係している.故に酔狂的に山に通ったりすることはできなかったが,登山,スキー,ロードバイク…等今後のアウトドアの方針を決めるチュートリアル期間としてかなり有効に働いたのではないかと思う.

お陰で大学では基礎的なことをすっ飛ばした発展性のある活動を1回生から始められたと思っている.

終わり

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